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2026年4月29日水曜日

皇居周辺 歴史的建造物ウォーク


東京メトロ半蔵門線の半蔵門駅を出て、麹町警察署の方向に歩き出すと皇居の半蔵門に突き当たります。

内堀通りとの交差点から先へは立入禁止なので、道路と内堀(千鳥ヶ淵)の間に続く千鳥ヶ淵公園の中を北へと歩くことにします。

代官町通りとの交差点で首都高都心環状線が地上に出てくると、すぐ先で「墓苑入口」の信号となり、右折すると千鳥ヶ淵戦没者墓苑に到着しました。
訪れる人が皆無に近い静かな場所は、各戦場から日本に持ち帰られた遺骨で、お名前のわからない戦没者のご遺骨が納骨室に納めてある「無名戦没者の墓」であるとともに、先の大戦で亡くなられた全戦没者の慰霊追悼のための場所とのことす。
敷地内にあるシベリア等での戦後強制抑留中や、外地からの引揚中に亡くなられた方々の慰霊碑も含めて合掌。

公園の東側は千鳥ヶ淵のボート乗り場で、北の丸公園を対岸に見ながら緑道を九段坂上方面へと歩いて行きます。

九段坂上まで来ると、内堀通りの向こう側は靖国神社。
同じ戦没者を奉るにしては、先ほどの戦没者墓苑とは打って変わって賑わっていました。


参拝から引き揚げる海上自衛官を見ながら大鳥居を過ぎると、田安門交差点の向こう側は北の丸公園。
田安門(国重要文化財)から直接入って行けますが、その前に九段坂の下にあるあの建物へ。

旧九段会館(国重要文化財)は、複合施設「九段会館テラス」を構成する建物ですが、創建当初は軍人会館という名前で、二・二六事件時には戒厳令司令部も置かれたところだそうです。

千代田区役所前から清水濠を渡って、清水門(国重要文化財)から北の丸公園に入ります。

90°右に折れて清水門をくぐると、そこは四角い箱の底のような枡形となっており、左手の階段を登ると、外から門に向かって歩いてくる人へ射撃できるような構造になっていました。

濠方向を撃つ反対側の門横を180°折り返して北の丸公園へと登って行くと、のんびり寛げる芝生が広がっており、その先の池を渡ると、ざあざあという水音が聞こえてきて、四阿の近くに滝がありました。

滝がある近くからは千鳥ヶ淵が見下ろせて、対岸には先ほど戦没者墓苑から出てきたところにあったボート乗り場が見えます。

首都高が走る左手(南東)へと濠沿いを歩いて行くと、立派な旧近衛師団司令部庁舎(国重要文化財)が建っていました。
戦後荒廃していたものを文化財指定して修復し、10年ほど前までは近代美術館の工芸館として利用されていましたが、現在は通常非公開で柵の外から眺めるだけです。

司令部庁舎から代官町通りに出ると、通りの向こう側は皇居の乾門ですが、なんだか今日は警察車両が集合していて物々しい雰囲気です。

皇居の東御苑に行こうと代官町通り下って北桔橋門まで来ると、何と今日は休園日でした...
東御苑の中がどうなっているかは、別の日に訪れた画像を末尾に載せておきます。

入れない皇居を時計回りにぐるっと歩いて行きます。
大手門の前から東京駅の方の街中に入って行くと、その名も大手町の交差点。
更にワンブロック行った先を右折すると、間もなく日本工業倶楽部会館(国重要文化財)。
2003年に、大正9(1920)年竣工の建物の南側を残して近代的なビルに建て替えられたそうです。

すぐ先は東京駅。

以前は郵便局だった(今も部分的に郵便局)このショッピングモールの屋上から眺めてみることにします。


皇居方面へと戻り、明治生命本社本館(国重要文化財)が立つ馬場先門から外苑に入ります。

警視庁のアンテナを見ながら芝生の中を歩いて行くと、お馴染みの光景に到着しました。

正門のそばまで行ってみるよ。

振り返ると、都心の一等地にすごい広い場所だな。

桜田門(国重要文化財)から外に出ます。
井伊直弼が暗殺されたのはこのあたりなのか?

桜田堀と凱旋堀の間を渡ったら、前に建つ法務省旧本館(国重要文化財)は想像以上に巨大な建物で、全貌が見えません。

警視庁の前を通り、桜田門駅内で六本木通りを潜り抜けて国会議事堂の北側の前庭へ行ってみます。

ここは井伊家の屋敷があった辺りで、それと関係あるのかないのか、櫻の井(都旧跡)というコンクリートブロックの囲いが。

園路の反対側には地理なんとかと字が掘ってある石標がありましたが、

本家はこっちの方で、

水準原点(国重要文化財)は、現役を引退した海面の標が地下にあるそうです。

現在はすぐ横に電子水準原点がありました。

国会議事堂が目の前、というよりも既に議事堂の敷地内なのでしょうか。

最後は霞ヶ関の官庁街を下って日比谷公園へ。
この公園、ず~っと工事しているような気がしますが、いつまで続くんでしょうか。

公園の南側に立つ日比谷公会堂・市政会館(国重要文化財)

公園の北端にも、もう一つの文化財があります。
右側が旧日比谷公園事務所(カフェリーチェ:国重要文化財)

すぐ横にある心字池の付近は伊達政宗終焉の地だそうです。

政宗終焉の地から公園を出ると、GHQが見える日比谷交差点でした。
激しい震災・戦災を受けていますが、意外と文化財が残っているのね。


思い立ったらすぐ行ける。 その他の首都圏近郊ハイキングの記録はこちら

●2026年4月17日(金)
半蔵門駅(11:30)→千鳥ヶ淵公園(11:40~11:50)
→戦没者墓苑(11:50~12:10)
→靖国神社(12:20~12:35)
→田安門・旧九段会館(12:40)
→清水門(12:48)→旧近衛師団司令庁舎(13:07)
→乾門(13:15)→日本工業倶楽部会館(13:45)
→東京駅(13:50~14:00)→明治生命館(14:05)
→皇居正門・桜田門(14:20)
→日本水準原点(14:40)→日比谷公会堂(15:05)
→旧日比谷公園事務所・日比谷駅(15:25)

GPXファイルのダウンロードはこちら。


皇居東御苑

ここからは、上記の日にクローズしていて入れなかった皇居東御苑に、別の日に行った時の画像です。
ルートは上の地図で水色の線で引いてあるコールで、以下の順に回りました。
所要時間は一時間+休憩時間 といった感じです。

平川門(10分)梅林坂・天守台(10分)富士見多門
(5分)富士見櫓(5分)休憩所・展望台
(15分)百人番所(5分)大手門(5分)二の丸庭園
(5分)汐見坂(5分)北桔橋門

東京メトロ東西線 竹橋駅の1a出口を出ると、濠のすぐ大手町側に平川門へと続く橋が架かっています。

高麗門の手前で荷物チェックを受けて(手ブラの人はフリーパス)奥の渡櫓門をくぐり、右手の濠の向こう側にある石垣の上に向けて右に旋回し、石垣に挟まれた門の跡を二回通過し、左折すると奥には二ノ丸があります。
直進して二ノ丸に行く前に高い石垣の手前を右折して本丸へと登って行くことにします。

梅林坂という坂を登り、宮内庁書陵部の前を過ぎると、巨大な天守台があらわれました。

上に登れます。

見下ろすとこんな感じ。
中央の芝生の上で大の字で寝ている人のあたりが大奥だったそうです。

天守台を降りて、公開されている本丸と二ノ丸を反時計回りに見て行くことにします。

これは石室で、用途は不明だそうです。

石室の横の坂道を登ると富士見多聞という櫓があり、中に入ることができます。
窓の外の濠の向こうは天皇が居住される皇居の中心部。


松の廊下跡。
What's Great Pine Corridor?

富士見櫓

本丸中央部の芝生の向こう側にある茶屋の裏には展望台があり、二ノ丸が見下ろせます。

二ノ丸に降りて行ってみます。

スロープを下りながら180°旋回し、突き当りの大番所を右折すると、中之門跡を抜けて百人番所前の広場にでます。
↑左側の石垣の間から出てきました。右の長屋が百人番所で、正面が大手門への道。
登城する大名の逆コースで歩きます。

大手門を内側から見るとこんな感じ。

それでは二の丸庭園へ。

庭園へは昭和天皇の好みで作った雑木林を抜けていきます。

二ノ丸は将軍のプライベートスペースだったそうです。
本丸にある大奥は個人の生活ではなくお仕事の場だったのかな?
関係ない話ですが、11代将軍の家斉は、わかっているだけで53~55人ほどの子供を作ったそうです。これは仕事の成果なのか個人の嗜好なのか?
もしかすると、あなたも私も家斉の子孫かも...

諏訪の茶屋(入れませんでした)

汐見坂というスロープから白鳥濠を見下ろしながら本丸へと登り返します。

天守台の横を通って北桔橋門から外へ出ます。

代官町通りの向かいにある東京国立近代美術館の二階から振り返る北桔橋門。

これだけ広大な公園が無料とは太っ腹。

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